宝幢寺の地蔵さんとカッパの話カッパのイラスト

「はてな、ありゃ馬の鳴声じゃあんべえか、こんな雨ん中で、さっきから聞こえているがどうしたこっちゃろ、どれ見て来べえ」とご本尊のお地蔵さんは本堂のおずしの中から出て、法衣のすそを高くまくり上げ、両そでのはしを結んで首にかけ、わらじを履きミノ・カサを着て雨支度を整えると、シャクジョウを杖にして外に出ていった。

外は激しいあらしで、四、五日前から降り続いた雨風で境内は一面水がたまり、吹きちぎられた木の葉や木枝で散らかっていた。
吹き来る雨風の中からとぎれとぎれ聞こえて来るのは川の辺りかららしいと、お地蔵さんは声が聞こえる方に歩いていった。

柳瀬の川原は一面雨雲が垂れかすんでいる。
堤を降りるとアシやマコモが背丈を越して茂り、それがこの激しい雨と風に吹きまくられているのである。
水かさを増した川の水は怖しい音をたて渦を巻いて流れている。

聞こえて来る声はこの近くらしいとお地蔵さんは、泥沼に足をとられるのをシャクジョウに支えられながら、アシの茂みをかき分けかきわけ声をたよりに行くと、川の縁に、びしょぬれにぬれたままの馬が一頭、泥に四ッ脚を埋めてふん張り、物におびえ空に向かって鳴いているのであった。

アシの茂みからこれをみたお地蔵さんは、びっくりして「どうしたんじゃ、こんな所で泥にはまって、」と声をかけながらそばまで近寄って、「あっ」とお地蔵さんは声をあげたのであった。

それは、馬の後のアシの根っこに、人間なら五、六歳くらいのカッパが一匹しゃがんでいるではないか。
そのカッパめが馬の尻尾の先を手首に巻きつけてしっかりつかみ、力一杯ぐいぐい引っ張っているのである。

お地蔵さんはこの様子を見てすぐわかった。

「なあるほど、このカッパめ、このあらしの中で、勘助とこの馬を小屋から引き出して来おったな、それをここで川に引きこもうという魂胆じゃ、こいつめ」と、お地蔵さんは舌打ちをした。

ところがお地蔵さんはカッパの悪がしこさと頭のよさに驚いたのである。
ここで手綱を前に引いたのでは、馬は後ずさりして前には進まないだろうし、小さなカッパではかえって振りまわされてしまうだろう。
それでしっぽをつかんで後ろに引っ張れば馬はいやでもとことこと前に進み出る訳だ。
カッパめ、こうしてここまで追い詰めて来おったんじゃな、と感心していたが馬はここまで来て、恐ろしい音をたてて渦巻いて流れる速い水の流れを目の前に見ては、もう脚がすくんで一歩も進む訳にはいかないので必死に脚をふん張り恐ろしさにおびえ、空に向かって声の限りに悲鳴を上あげているのだった。

馬は、この間でも何とかしてこの危機からのがれようと、後脚で力いっぱい後ろに蹴り上げるのだがカッパはそれを知っていて、しっぽの先をつかんだ腕を伸びるだけ伸ばし、小さいからだを低く伏せふんばっているのである。カッパの腕は器用にできていて、右左がつながっているんで片方を伸ばすと片方がそれだけ縮まるが力は倍以上出るのである。

それで馬が必死に蹴り上げても馬のひずめはカッパに届かないので、馬は窮地に追い込まれ悲鳴をあげているのだった。

カッパはその合い間を見て「それ行け、今一息じゃそれッ」とき気追って、力まかせにしっぽを引っ張るのである。
この様子をじっと見ていたお地蔵さんは、馬がかわいそうと思うだけにカッパが憎らしく思い、カッパのそばまで行って「これカッパめ、馬を放してやらんか」と大きな声で叱りつけたのである。
ところがカッパは聞こえないふりをして、意地悪く一層大きな声で「それ、行かんかい、それ一息じゃ」と当てこするように叫び、しっぽが抜けるかと思われるほど荒々しく、ぐいぐい力まかせに引っ張り追い立てるのである。

カッパは水中にも棲む生物だから雨にぬれても平気で、かえって頭の皿の水が乾かないので身体の色つやは緑色につやつや輝き、元気で張りきっているのである。

それに馬は、長い間この冷たい雨の中に身体中びしょびしょにぬれ、寒さと疲れで息遣いも苦しそうである。
お地蔵さんは馬が危ないと思ったからカッパのそばで、ちょうど寺の釣鐘を耳もとでゴオンとつきならしたような大声で「放さんかカッパめ」とどなりつけたのであった。
これにはカッパも飛び上がって驚き、振り返って立っている人の顔を仰いで見た。

カッパは、びっくりぎょうてんして、つかんでいた馬のしっぽを放し、泥の上に両手をついてひれ伏しぶるぶる震えてしまった。
さすがの悪賢いカッパでもお地蔵さんでは相手が違うのであった。

カッパはこの雨の中で足場の悪い所だから、人間の一人や二人なら負けはせんとたかをくくっていたんだが、まさかお地蔵さんとは考えもしなかったのである。
そもそもお地蔵さんは人間ではない。不死身で神通力を備えてござる。たとえ水中に逃げても、死んで地獄の底に落ちても追って来なさるというではないか。
それに眉間の上に光る玉の眼は、われわれが腹の中で考えていることでも、万里の遠い先のことでもお見通しになるというじゃないかと思い、すっかり恐れ入ってしまったのであった。

カッパは「まさかお地蔵さんとはつゆ知らず大変ご無礼いたしました。
悪いこといしました、どうか勘弁してくだされ、これからは二度と悪いことはしねえから勘弁してくださりませお願げえでござります」とひたいを泥に埋めるようにひれ伏し、恐ろしさに身を震わし涙をぽろぽろこぼし懸命に謝るのであった。

これまで威勢よく緑色に輝いていたカッパの肌は青色に変わり、息も苦しそうにしおれきってしまった。

お地蔵さんはこの様子を見て、「これカッパめ、この馬は勘助とこの馬じゃろが、お前はこの馬を川の中に引き込んで尻子玉を抜き食らい血を吸うつもりだったんじゃろうがどうじゃ。お前にこの馬を殺されたら勘助とこじゃ、じいさん、ばあさん、かかから幾人もの子をかかえ、あすからの暮らしに困るのじゃが考えてもみたか、それにこの馬も生き物じゃ、それでお前は盗っとの馬殺しじゃ。お前は知らずにしたんじゃろうが、仏の罰は重いぞ、死んだら地獄に落ち責め苦が、いかように恐ろしいものか、その地獄から抜け次の世に生まれる時は二度とカッパには生まれてこれん。その時は前世で犯した罪の報いに、さて、せいぜいどぶみみずになって、もぐらや川のどじょうの餌に生まれてくるのが関の山じゃろがそれでもいいか」ときつく叱り一方ではやさしく仏の教えを語り聞かせたのであった。

初めて仏罰の恐ろしさを聞かされたカッパは、身体を震わせ涙にくれながら「恐ろしくも怖いことでござります。すんでに恐ろしい罪をしでかす所でござりました。もう二度と人をこまらせたり、生き物を殺すことはしねえからお慈悲でこのたびだけは助けてくださりませ、この通りでございます。」と必死に両手を泥につきひたいをすりつけあやまった。

カッパは、自分がして来た事がどんなに恐ろしい事であったか始めてわかったのだろう、すっかり恐れ入って頭上の皿の水は涸れ、こうらはしなび、鋭く光っていたつぶらなまなこはしょぼしょぼと光を失い、身体中枯葉色に色あせ、吐く息も弱々しく苦しそうだった。

お地蔵さんも、今は哀れに思われたのだろう「お前が本当に悪かったとわかり心を入れ替えてこれから善良なカッパになるのなら、今度だけは許してつかわそう。そのかわり、これからは善い行いを積んで、これまで悪いことをしてきた罪を一つずつ消していかねやならんのじゃ、それが罪のつぐないというものじゃ、わかったか、わかったら馬を綺麗に洗って馬屋に引いていってやれ、風邪ひかさんように枯草でよく身体をこすっていたわってやるんだぞ」と訓し許してやった。

この事があってから宝幢寺の台所の流し台に、ときおりだれが届けるのか知らないが、こい・ふな・なまずなどが朝早く置いてあった。
寺の人たちは届け主がわからないので不思議に思っていたが、そのうちだれ言うとなく、あの時のカッパがすっかり改心して、そのお礼に届けて来るんだといった。

「志木市史 民俗資料編1」より