明和(めいわ)年間(1764から1772まで)のこと、畑仕事をしていた助右衛門の背中に白狐が跳(と)び乗るという変事に、何か悪い事がおこるのではないかと心配した助右衛門は、町内の人々にこの事を話したところ、1人の老人が、「白狐は伏見稲荷(ふしみいなり)(京都)のお使いであり、稲荷は穀物をつかさどる神である。その神のお使いが現れたということは、稲荷様が当地をご守護くださるという吉兆(きっちょう)に違いない。さっそく伏見稲荷のご神霊をお迎えしたらどうか。」といった。そこで代表を伏見稲荷に派遣してこの旨をお願いし、明和5年(1768)2月、白狐と出会った場所に稲荷をおまつりすることができたのである。これが現在の正一位村山稲荷大明神(しょういちいむらやまいなりだいみょうじん)である。(本町2丁目付近の伝説)

                                         助右衛門と白狐