「志木の田子山富士塚」国重要有形民俗文化財に!

国の文化審議会(会長:佐藤 信)は、令和2年1月17日開催の同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、志木市の「志木の田子山富士塚」を、国重要有形民俗文化財に指定するよう、文部科学大臣に答申を行います。

この結果、近日中に行われる官報告示を経て、国重要有形民俗文化財に指定されます。

「志木の田子山富士塚」について

所在地

志木市本町2-9-40

所有者

宗教法人 敷島神社

点数

1基

文化財の概要

「志木の田子山富士塚」は富士信仰に基づいて、明治5年に築造された高さ約8.7メートル、直径約30メートルの富士塚です。築造は地元の醸造業者であった高須(たかす)庄吉(しょうきち)が中心となり、新河岸川舟運で栄えた引又河岸の舟運関係者や地元の商人・職人・農民など地域内外の多くの人々の協力を得て造られたものです。

富士塚には入口の浅間神社下社から頂上の奥宮までの間に、合目石や烏帽子磐碑、小御岳神社など113件もの石造物が設置されています。
富士塚の北側斜面には黒ボク(富士山溶岩)が美しく配置されているほか、御胎内と呼ばれる洞穴も残っており、山頂からは富士山を眺めることができます。
富士信仰は現在も生きており、毎年7月には山開きが、8月には山仕舞いの行事が行われています。

このように「志木の田子山富士塚」は富士塚の豊富な構成要素が良好な状態で保存されており、富士塚の典型例として貴重なものです。

また、富士塚は、近世中期以降に、富士信仰が盛んな江戸を中心に築造されるようになったもので、明治5年に築造された「志木の田子山富士塚」は、富士塚の周辺地域への伝播の実態を理解するうえでも重要です。

田子山富士塚の管理は、田子山富士保存会が行っており、入山の対応や日常の管理だけでなく、志木市商工会と連携して、「観光案内所」の出店や山開きに合わせたイベントなど、積極的な取り組みを行っています。

志木の田子山富士塚