羽根倉富士嶽 

場所

上宗岡4丁目

指定年月日

平成25年3月1日

 庶民の信仰である富士信仰に基づいて、江戸時代に結成された丸藤講(まるとうこう)が中心となって、明治時代に築造した富士塚。荒川の河川改修事業と県道改修工事のために、二度の移築を余儀なくされたが、熱心な信仰によって、整然と整備されています。名称については「羽根倉富士嶽(はねくらふじだけ)」として信仰されている。
塚には、合目石をはじめ、小室浅間大神(こむろせんげんおおかみ)烏帽子岩(えぼしいわ)泉瀧(いずみたき)小御岳石尊大権現(こみたけせきそんだいごんげん)浅間大神(せんげんおおかみ)など多くの神仏等が祀られ、塚の表面には黒ボク(富士山の溶岩)が配置され、胎内穴(たいないけつ)も作られている。また、石造物の寄進者名からは、宗岡だけでなく近隣地域からも信仰を集めていた様子をうかがうことができる。
二度の移転を経ながらも、富士塚の基本要素を維持しており、近世からの富士信仰の様子をよく示す貴重な文化財。