志木市は、埼玉県の南西部に位置しています。東は荒川を隔ててさいたま市に、西南は朝霞市・新座市及び三芳町に、北は富士見市に接する面積9.05平方キロメートルの小さな市です。地形は、西南部は標高20メートル程度の平坦な台地ですが、ほかは概ね5メートル前後の低地で、市の中央部を新河岸川と柳瀬川が流れています。首都近郊25キロメートル圏内にあり、東武東上線、地下鉄有楽町線で池袋へ20分の距離です。

 


それ以前の土橋から欄干のついた新しい
栄橋への架け換えを祝う人々(大正初期)


志木河岸へと向かう高瀬舟(大正初期)

江戸時代正保4年(1647年)に、川越城主松平信綱が新河岸川を改修して河岸場を開き、舟運を通じたのに端を発します。引又河岸が開設され市場がたち、河岸場を中心とした商業の町として栄えました。江戸、明治を通じて周辺近郊の農作物の大部分がこの市場に集積され、舟運によって浅草花川戸へ運ばれていました。これらの舟は、東京の商品を満載して戻り、市場にはその交易の市がたち、経済文化の中心地として賑わいました。
その後、大正3年の東上線の開通で活気を帯び、交通上、経済上の要衝の地として今日に至っています。 明治22年の町村制の施行とともに「志木町」が生まれ、昭和19年に至って、当時の入間郡宗岡村、水谷村の両村と北足立郡内間木村とが志木町と合併し「志紀町」となりました。しかし、昭和23年に分離解消され、昭和30年に新たに志木町と宗岡村が合併して「足立町」と町名を改めました。


開業間近の志木駅(大正3年)

その後、昭和33年に朝霞市の一部を編入し、昭和45年10月26日、地方自治法の改正により単独市制を施行し「志木市」となりました。現在の人口は約7万人です。