ある時、大六天の祠守(しも)りをしていた治左衛門と杢(もく)兵衛は、境内の杉の木を売って小遣いにしようときこりと3人でその1本にノコギリを入れたが、3人は急に体が震えだして寝込んでしまった。そこでたたりを恐れた2人は薬師堂の僧円瑞(えんずい)に杉の木を伐(き)ることを頼んだが、円瑞も同様に寝込んでしまったことからその後は誰も手をつけぬまま何年もたった後、橋の架け替えの用材にこの杉を使うことになった。たたりのことを伝え聞く人々は、神官(しんかん)のお祓(はら)いを済ませて伐(き)り始めたが、やはりけが人が出たりして、遂にこの杉は切れぬままに終わった。しかし第二次大戦中のこと、この近くに住む外国人が杉の木を伐(き)り、燃料にしてしまったそうだが、戦後その外国人は帰国のための航路の途中で沈没事故にあい、海の藻屑(もくず)と消えてしまったという。この話を聞いた人々は、これこそ杉の木のたたりに違いないと噂(うわさ)し合ったということである。(幸町3丁目付近の伝説)

 杉の木のたたり     大六天社