天正年間(1573から1592まで)の頃、今の不動坂(ふどうざか)の辺りで不動明王の木像がみつかり、宮原弥七郎がお堂を建てて安置した。後にこの像が盗まれたので、弥七郎の曾孫(ひまご)源右衛門が鉄製の不動明王を造って奉納するなど、代々の当主は信仰への尽力を惜しまなかった。しかし、源右衛門の子与左衛門が名主をやめさせられた時も、その子延勝が病に臥(ふ)す時もこの鉄身の不動尊が総身に汗をかいた。その後も不動尊が汗をかくと必ず悪いことがおこるので、不吉の相を現わす仏像だからと、延勝の子仲右衛門の代に箱厨子(はこずし)に封じこめてしまってからは、何事もなかったという。(柏町1丁目付近の伝説)

 汗かき不動尊 不動坂